Gesanmedo ――Tibetan Highlands Elementary School Construction Fund NPO

現地からのたより

チベット小学校建設日記−2「遊牧民との生活」草と土の窯を囲んで

  鈴木晋作

 この4月、東チベット(カム地方)で小学校の第二期建設が始まる。                  

 去る1月中旬、リタン県教育局と話し合いを終えた後、建設地の曲登郷に向かおうと考えていた。厳寒の冬の郷を体験し、建設までにもう一度人々に会ってみたかった。そうすれば「おぅ、また来たか!」と言う具合になって楽しい。そして何より東チベットにおける遊牧民の生活を知る必要があった。

遊牧民といっても、その生活様式、規模は多種多様である。100〜200頭ものヤク(高原の毛の長い黒牛)を純粋に一年中テントに住んで遊牧している人々、夏のあいだだけテントに住みヤク、羊を追い遊牧し、冬には老人、幼児の待つ石積みの家にもどり家の周辺で放牧する人々。政府に与えられた家に住み、数十頭のヤクを家の周辺のみで放牧する人々。町に住み、十数頭のヤクを家の周りの帰ってこられる範囲で放牧する家庭。リタンでも純粋に遊牧だけで生活している人は少なくなってきているようである。リタンの街の門からでたところには、遊牧民の定住化政策の一環であるチベット式の住宅が団地のように公道に並んでいる。

結局、曲登郷には行けなかった。草原の湿地部分が全部凍ってしまい、車が出せない。馬にまたがり2,3日ひとりで行けばいいと言われたが…。その代わりに行ったのは曲登郷に北面するホーニー郷。アスファルト整備された川蔵公路(成都−自治区のラサを結ぶ)沿いにあるので真冬でも車で行ける。このあたりはリタン最大の草原である。ここでは二人兄弟二人姉妹のテントに三日ほどご厄介になった。遊牧民のテントは夏でも冬でもヤクの毛で編んだ天幕一枚である。テントを吊る棟の部分は天空に向かって開いており、そこから窯の煙が抜けていく。幕を通して明るい外が柔らかく透けて見える。早朝は−20℃まで冷え込むが、モンゴルのゲルのように何重にも巻いて着込むようにはしない。中にいても外にいるような開放感。食、暖を得るためなど、遊牧生活では火の恩恵をたくさん受ける。それに欠かせないのは窯。チベット遊牧民式の簡便な「おくどさん」。彼らは移動してきたその日にテントを張り、そのあたりの草土を用いヤクの糞ほどの穴を貫いた金属板を挟んで、わずか2時間で窯を作るという。草土は草地から切り出す。地面に切込みを入れ、大きさ約20×30cm厚さ10〜15cmほど表土を剥ぎ、それを多用途に使う。ちなみに集落では、雨仕舞として石積み塀・建築屋上のパラペット立ち上がりの笠置に使い、草原ではヤク・羊の群れを囲う柵のように、または冬の草を確保する一帯を囲むため数百メートルも積み連ねて使う。他地域のテントで見た窯とは、構造は同じでも見た目が全然違った。ただ草土を積んで全体に泥を塗りたくった物、目地・縁だけに帯状に塗ってきれいに仕上げた物など様々。リタン周辺では地域、親族の違いによって形式も異なるように思われた。

燃料は、ヤクの糞をまだ温かいうちに踏ん付けて、平べったく円盤状にする。それを背負った籠に放り入れて運び、テントの近くで天日干しにする。そうすると貴重な燃料の出来上がり。我々が滞在していたときは、一日で二籠分ほど使っていたように思う。朝起きて真言を唱え、棟の幕を捲り、ヤクの糞で窯に火をおこす。お湯を沸かしバター茶を作り、それでツァンパ(チベットの麦焦がし)を練って食べる。夜は寝入る前に窯の火を消しテントの棟に蓋をして、真言を唱えて眠る。窯と地面が蓄熱しており、眠るくらいまでは暖かい。これが一日の生活の始まりと終わりである。窯に火が入ると、人が寄り添う。まるで広大な草原の中に、ほわっと、温かい中心ができるようだ。極寒の朝、遠くのテントから上がる湯気を見ると体が温まるような思いさえする。このあたりの遊牧民の人々は珍客を歓迎し、どこのテントに行ってもバター茶攻撃であった。二,三口飲んだところで、またなみなみと注がれる。「さぁ、飲んで飲んで」と。冷めれば、それを放って熱々のものがもう一杯。その後三日ぶりに帰ったリタンの街でも「飲んで飲んで」攻撃を受けた。これはツァンパと同じ原料で大麦の一種、チンコー麦で造ったチンコー酒。どちらも体が心底温まる。

ゲーサンメド チベット高原初等教育・建設基金会 http://www.gesanmedo.or.jp/  Tel& Fax 042-789-2568

「左官教室」原稿  第2回 

 
   
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――――BBC世界の屋根探険会 烏里 烏沙 制作・2004年06月10日――――