Gesanmedo ――Tibetan Highlands Elementary School Construction Fund NPO

 

お酒と涼山の彝族

(中)

烏里 烏沙

 前『史記・西南夷列伝』によると、建元6年(紀元135年)漢使・唐蒙を南越(今の広東省)に派遣した折、宴会で西南夷の美酒―構醤を飲みました。『後漢書・西南夷列伝』によると、建武19年(紀元43年)、武威将軍(*)劉尚が益州夷を攻撃のため、越西を通った際、夷帥(彝族のリーダー)・任貴(彝名はナゲアス)は彝族の各集落の長老たちに呼びかけ、武威将軍劉尚に毒酒を飲ませたと記載されています。

 *功労のある武将に、君主(皇帝)が立派な称号を与える。劉尚の場合は「武威将軍」名が与えられた。

 50年代に雲南省の晋寧で発掘された文物のなかには古_国夷人が酒を飲み、踊る銅製の像があります。宋の時代の大詩人・蘇東坡が西南夷の醸造したお酒を飲み、いい気分になって、感嘆し、「爛煮葵羹斟桂_、風流可惜在蛮村」(*)の詩を作りました。(*)美味しい料理と香のいい酒に満足しているが、惜しむらくはこの身は蛮村(西南夷)にある。

  涼山彝族の伝統的な酒は主に3つに分けられています、1つはティエンジュウ甜酒、日本の甘酒と似ています、彝語では「ズべェ」といいます;1つはバイジュウ白酒、すなわち、蒸留酒のことで、日本で焼酎と呼ばれる酒の仲間です。彝語は「ズジ」といいます;もう1つはバオシュイジュウ泡水酒です、これは彝族の代表的な酒で、彝語は「ズイ」といいます;泡水酒の作り方を簡単に説明しましょう。

 まず、穀物、もち栗、トウモロコシ、高粱、蕎麦などを煮込んでから、酒曲(酒こうじ)をいれます。醗酵させてから缸(酒製造用の口広の甕)のなかにいれ、缸の口を厳密に封をします。数カ月後、封を切って、きれいな水を入れると美味しい水酒が出来上がります。

 泡水酒の飲み方は普通のお酒と違い 杆を使って口で啜りながら、水を入れる、俗に「壇壇酒」、「杆杆酒」、あるいは「口匝酒」と言います。

 この3種以外に、「火塘酒」、「ビンフオ__酒」、「同心酒」、「水搬酒」などがあります。

 涼山彝族地区で使用される酒曲(酒こうじ)は高山の竹林のなかで採集した数種類の薬草(*)から作ったもので、栄養豊富で、薬としての価値も高いです。

(*)棕櫚 唐辛子 竹 山椒の葉 桂皮 茄子の根 皮菜 馬桜花(野生植物 日本名不明)等等

 涼山彝族社会において、酒の価値は、ある時は人間の価値と同等にみなされます。また、酒の効能は「万能」のキーになっています。彝族のことわざでは「馬一頭は人間一人と同等の価値があり、酒一杯は馬一頭に匹敵する」「世の中は酒があれば、できないことがない」といわれます。

 わたしは四川省甘孜州の康定で子供時代を過ごしました、康定では冗談で次のような話が交わされます。「アバ州(アバチベット族・羌族自治州)の人も甘孜州(甘孜チベット族自治州)の人も皆、酒が強いが、涼山州(涼山彝族自治州)の人には敵わない。何故って、車のナンバーを見てごらん。アバ州ナンバーは「U」(Uは酒杯のかたちしている)で甘孜州ナンバーは「V」(Vも酒杯のかたちしている)。どちらの酒杯はそれぞれ一つしかないでしょ。涼山州ナンバーは「W」で酒杯2個分ですよ」。もちろんお酒の量と車ナンバーとは関係は全くないけれど、彝族の人たちがいかにお酒が好きか、チベット地域の人たちにもよく知られています。

 お祭りや、お正月には、祖先を祭るなどの宗教儀式が執り行われるが、酒は神に通ずると考えられ、神霊に通ずる使者とみなされるビモや、スーニー(彝族の原始宗教の技能者)たちの執り行う宗教儀式でも酒は必要不可欠である。

 また、酒は礼なり、酒がなければ礼をなさず」というわけで、彝族社会では酒は最高のプレゼンドになります。出産、結婚、集り、離別、返礼、来客の接待、親類訪問などに酒は欠かせません。言い換えれば、酒は人を興奮させて祝い事のにぎやかな雰囲気を盛り上げ、あるときは友人との親しい関係を深め、心の痛む折、悲しみや憂愁のある折はこころを癒す良薬にもなります。酒を酌み交わして心を通わせ、時には恨を解き放し、紛争を解決する力も発揮したりなど、家庭を維持し、親類間の往来や彝族社会をより緊密なものにしています。

  また、酒は薬としての効能もあり、飲酒は身体をのびやかにし、疲労を回復したり、寒い時は体を暖めるために飲酒したりすることもよくありますが、こういったことは全世界どこでも同じでしょう。

彝族社会のなかで、各勢力間に信頼関係をつくる時は「喝血酒、穿牛皮」(血酒を飲み、牛皮の下を潜り抜ける。涼山彝族社会の特有の法律みたいな儀式です)というような慣わしがあり、これまでも、政治聯盟や、軍事合作協議を締結するの折はこの儀式が必ず執り行われました。近代で一番有名なのは、紅軍長征の折、彝族社会の協力を得るため、当時、紅軍の司令官だった劉伯承元帥は彝族のリーダーである小葉丹と「喝血酒、穿牛皮」を執り行いました。2人は義兄弟になり、その後、紅軍はようやく無事に大涼山を通過することができました。この話しは後に中国民族団結の美談として、広く伝えられました。

 涼山彝族は酒文化を極めて大切をしていますので、酒器に対してもこだわりがあり、酒器から彝族の歴史、生活スタイル、及び彝族の文化芸術をうかがい見ることができます。

 彝族酒器の種類は、銚子、酒杯、酒碗、酒壺、酒勺、酒管などで、それぞれの酒器はまた何種類かに分けられ、壇桶のような大きいのもあり、竹筒や、葉ほどの小さい酒器もあります。また、酒器のかたちは多様で風がわりなものもあり、面白味があります。円形、扁形、船形、角形、鳥形、爪形、蹄形、帯嘴形、帯耳形、帯脚形、平底形などの形があり、がっしりして立派です。

 酒器の装飾模様は主として日月星雲、山川河流、方位八卦、花草虫魚などで、紅、黄、黒の3色で色付けられています。彩色素材はうるしや、朱砂(辰砂)、石黄と鍋墨を調合して作り、紅、黄、黒を組み合わせて彩色され、完成したものは端正で格調があり、黒を崇拝し、火のように情熱な性格と美を求める彝族思想を充分に表現しています。

 また、酒器は基本的には、酒つぼ一つに酒杯は2つか4つをセットとして見なされ、酒器を作るときも使用するときも、基本的にはセットが単位になります。それは物事が完璧であり、統一されていることを大切に考える彝族の「萬物備于公母」(陰陽)(*)の哲学思想を反映しているといえるでしょう。(*)(万物は父母(オスとメス)から生じる)

 酒器を使う社会階層もはっきりしています、一般的には飛鳥猛獣の爪や、蹄からできた酒器は「尊品」といわれ、細かな細工が施された美しい酒器、例えば、皮製の、船をかたどった酒碗などは「珍品」といわれます。金、銀、法螺貝で作られたものは「貴品」と呼ばれます。「尊品」は彝族の上層階級、権力をもつ「ノホ」(奴隷主)たちが使うものです。

 

参考書物:

 『四川彝学研究』          四川民族出版社

 『民族食俗』            四川民族出版社

 『中国少数民族酒文化』       雲南人民出版社

 『中国少数民族地区画集从刊・四川』 民族出版社

 『中国少数民族地区画集从刊・貴州』 民族出版社

 『中国飲食文化』          人民出版社

                                   


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――――チベットカム山岳研究会・最終更新日:2009年10月15日――――