Gesanmedo ――Tibetan Highlands Elementary School Construction Fund NPO

山の専門誌「岳人」2001年5月号による

 

笑顔あふれる草原

         ――我が故郷チベットに学校を

烏里 烏沙 

 

          森はよう、山がまとった衣装だよ

          雲はよう、山がつけた帯だよ

          川はよう、ふもとで歌をうたい‥‥‥

          これはチベット高原

          われらを愛するふるさと

                  ――チベット民謡

 

 中国西部に位置するチベット高原がどんな美しいところか、それはわたしがおとなになってから気が付いたのです。もちろん、中国にはきれいなところが多くあり、いままで。わたしはほとんど見回りました、桂林の山水秀色、黄山の雲海奇峰などの景色は確かに秀美とは言え、スケールが小さくて、広大さが感じられません。内モンゴルの大草原、世界に知られている万里の長城など壮観とはいえますが。八達嶺の上に立って、なにを思いうかべるのかというと、城壁をつくるためにどれだけの人々が犠牲になったのか、それはまさに暴君と権力の象徴ではないのか、ということです。

 チベットを訪ねたことがある方はご存じと思いますが、ラサのポタラ宮の前に立つと、誰もがその素晴らしい建築に感動するでしょう。大昭寺の前に、五体投地をしているチベットの信者たちを見ると、あなたはどんな気持ちで、なにを想うでしょうか。そして、聖なる山――カイラスを一周を巡礼する時、あなたはまだなにを感じたでしょうか。

 これまで、日本に紹介されてきたチベット地域は主にチベット自治区で、それ以外のチベット族の住んでいるところはあまり紹介されていません。とくにカム地方がいろいろな要因でほとんど紹介されていないのです。場所はチベット自治区の東部のチャンド(昌都)地区と四川省の西部の甘孜チベット自治州で併せてカム地方と呼ばれています。

 わたしの故郷は四川甘孜チベット自治州です。中国四川省の西部の周縁に位置し、チベット高原(青蔵高原)の東端、横断山脈の東側にあたります。自治州は康定、丹巴、瀘定、九龍、道孚、炉霍、色達、甘孜、白玉、新龍、徳格、石渠、雅江、理塘、稲城、郷城、得栄、巴塘の18の県からなっています。州都所在地は康定です。面積は約15万3000平方キロメートルで、大きさは日本の北海道を2つあわせた面積をもっています。人口は87万人で、そのうち、チベット族が78.4%を占めています。ほかに、漢族、彝族、羌族、納西族などの諸民族も住んでいます。経済的には半農半牧の地域に属しています。

 ここは、チベット族の英雄であるゲサル王の生まれところです。王の故郷徳格はカム地方の文化の中心であるとともに、チベット自治区の区都ラサ、甘粛省甘南チベット自治州の夏河とならんでチベットの三大古文化中心地とも言われています、徳格印経院に収蔵されている印版(仏教の経典を印刷するための木版)の数量は、中国蔵区の三大印経院(チベットラサ印経院、甘粛ラブラン寺印経院、四川徳格印経院)のなかで一番多く、世界最多といえます。

 ここは、ダライ・ラマ七世、九世、十世、十一世の出身地で、自治州はもちろん、聖地理塘から出た活仏が現在中国国内で活躍しているのが23人、海外で活躍しているのは18人にのぼっています。

 ここは、「蜀山之王」とも言われているゴンガ山(世界高峰の1つ、横断山脈の最高峰、標高は7556メートル)をはじめ、格聶神山(標高は6204メートル)、雀児山(標高は6168メートル)、仙乃日(標高は6032メートル)などの高峰があります。ゴンガ山国立森林公園は現在中国で一番大きな風景名所区で、面積は10,000平方キロメートルです。最後のシャングリ・ラとも言われている亜丁は聖山が三峰からなり、実に壮麗で、訪れる人々をことごとく魅了してしまいます。この3つの雪山の名はがダライ・ラマ五世によって命名されました。北の山仙乃日は観音菩薩という意味で、標高は6032メートルです、南の山が央萬勇で文殊菩薩をさし、標高は5958メートルです、東の山が夏諾多吉で、金鋼手菩薩という意味で、標高は央萬勇と同じく5958メートルです。周囲は約800平方キロメートルです。亜丁の聖なる山は氷雪にとざされて、雄大で神秘的です。山腹の湖五色海は七色にかがやき、常に変幻しています。ふもとの草原では、珍しい動物が人間と睦まじく暮しています。チベット族のひとたちはこれを聖なる山とみなしており、参拝者たちの往来が絶えることなくつづいています。

 ここは、世界で最後に残された優麗な花の宝庫でもあります、春になると、まずシャクナゲ類が咲き,続いてサクラソウ類とケシ類の花を開かせます、とくに7月の亜丁はいたるところに数多くの奇花異草の花園が出現し、夢のような光景が広がります。まぼろしいの花ともいわれているブルーポピーだけでも5、6種類以上あります。

 昨年の7月下旬から8月の上旬にかけて和光大学の学生たち15名を引率して、故郷に帰り、聖地理塘と秘境亜丁を訪れました。とくに理塘の競馬祭のあいだに、学生全員がチベット族の人たちと一緒にテント生活を体験しました。

 8月の理塘、毛亜大草原に一面には花がきれいに咲いて、年に一回の競馬祭がここ行なわれます。競馬祭は現地の人たちは「八一賽馬会」と呼んでいます、一年中もっとも楽しいことで、その日を来るのをずっと待ちこがれているのです。競馬祭の前、理塘県だけではなく、自治州の 勇壮な騎手たち――「康巴漢子」(カムパハンツィ)があちこちからやって来て、競馬の出番をまっています。競馬祭は毎年の8月1日からだいたい一週間か、十日間くらい続きますが、祭りを開催するあいだにチベット民族衣装の披露、チベット芝居、舞踊と音楽、さらに、チベット式のスポーツもやります。競馬賽はまた、遊牧民の人たちにとっては、衣料品などの日常生活用品を入手する絶好のチャンスです。

 日本では、チベットにたいし、意外に関心をもっているかたが多いように思います。しかし、日本のメディアや、学校は中国の少数民族について、基本的な事実を教えていますが、誤解も少なくありません。例えば、チベットについても同様です。わたしはチベット族ではありませんが、チベット高原で生まれ育ち、チベット自治区にも長いあいだ住んでいました。私の知っているチベットは、日本で教えられているチベット像やチベット研究者の一部が口にしているチベット像とはかなり差があります。例えば、「チベットには学校がない、勉強したかったら、お寺へ行くしかない」とか、「ダライ・ラマ14世の写真を飾ることが許されていない」とか、「ラサのチベット族が逆に少数民族になっている」などの報道もありました。

 多くの方々にはこの事実を知っていただきたいと思います。

 いままで何回も大学内の留学生交流会と異文化交流室を利用してチベット族をはじめ、中国西南地区の少数民族について紹介してきました。中国では「百聞不如一見」ということわざがあります。中国の民族問題については、中国側の言っていることとアメリカをはじめ、西洋諸国などの報道に食い違いがあります。

 「どちらが正しいのか?」一番いいのは自分の目で確かめることです。そう思って、おととしの夏休みにわたしが13人の日本の大学生を引き連れ、39日間をかけてチベットを横断してきました。去年の7月と8月もそれぞれ15名と10名の学生たちを引率して、私の故郷である甘孜チベット自治州とラサを中心とする中央チベットを体験してきました、特にチベット横断の旅は東チベットから西チベットまで計約4000キロの苦しい旅でした。現地体験ができて、みんなにとっていい勉強になったと思います。自分の目で確かめることが、事実を知る方法としては一番よいやり方で、こういう現地体験の旅は今後ともできる限り、続けたいと考えています。

 現地体験だけではなく、様々なかたちで中国の少数民族を日本の方々に紹介し、次実像を伝えようと思い、今年の一月に渋谷で『我が故郷チベット』写真展を行ないました。おととしのチベット横断の旅で撮影した写真をはじめ、いままで撮影したチベットに関するカラ写真をあわせて60点展示しました。写真展のあいだに、たくさんの方々にご来場いただいて、現代チベット族の生活様式を伝えることができて、うれしくと思います。

 中国国内では、少数民族の文化や実情について広く一般にを紹介するメディアはまだ少ないと思います。歴史的な背景から、特に中国西南地区に住んでいる諸民族は、環境でも、経済でも、ほかの地域より厳しく、また発展からとりのこされています。私は、これからも豊かで多彩な少数民族の伝統文化の表面部分だけではなく、彼らの生活と経済の実情も正しく紹介したいのです。そして、できるだけ多くの人々に現地の情況を理解していただいて厳しい立場に置かれている少数民族が温かい友情と支援を得られることを望んでいます。

 もちろん、それは簡単なことではありませんが、継続的に紹介することが私の使命と考えています。今年私は大学を卒業し、その後、チベットの厳しい地域で小学校を作る計画をすすめています。お正月にも、一度故郷に帰り、理塘を訪れ、小学校建設について調べてきました。場所は聖地理塘の西、約100キロの曲登郷です、曲登郷は自治州のなかでもっとも厳しいところで、標高は4300メートルです。住民のほとんどがヤクや、ヤギの放牧で生計を立てています。ここは小学校がないため、7-12才の子ども298人のうち、学校で勉強しているのはわずか6人で、しかも別の村毛亜郷で寄宿して勉強してます、曲登から毛亜までは距離が遠くて、交通が不便です往復するのに4、5日かかります、子どもたちは人類の未来を担う者であり、子どもたちによりよい教育を受ける機会を与えることがわれわれ、すべての義務と思われます。もちろん、これはわたし1人の力ではとってもできることではありません。教育に関心をもち、とくにチベット族の住んでいる地域で小学校を作る計画に応援していただける方々の力を貸していただければ幸いです。今後も地道に気長に学校建設の活動をつづけていくつもりです。

 チベット高原を中心とした現地体験の旅行も、今年の夏に向けて新たに計画しています。興味のある方々はぜひご連絡ください。


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――――チベットカム山岳研究会・最終更新日:2009年10月15日――――