Gesanmedo ――Tibetan Highlands Elementary School Construction Fund NPO

2001年9月5日号

青蔵高原初等教育・建設基金会会報

 第01号(創刊号)

THE GE-SANG FLOWER

ゲーサンメト

・基金会9月の動き・

 @ 具体的な小学校建設することをはじめ、十名から二十名のチベットの貧しい子どもたちに小学校卒業するまでの学費を援助することについて現地政府及び教育局と相談しにいく。

 A 基金会第六回会議は9月26日午後七時鶴川駅近くのスエヒロで行う予定、その時に現地視察のことやN P O法人登録についてお話します。

 どなたでもご参加できます。

チベット体験記

「小学校、ここならよさそう」

石原静子

 わあーっ、すてき、きれい、ひろびろ。ここは烏沙君が建てたい小学校の予定地として、理塘県が用意してくれた草地です。百メートル四方くらいかな。まわりの山は緑、すぐそばを流れる川はゆるやかで、空気が澄んでいて身も心ものびのび。それもそのはず、ここはカ海抜4300メートル、えーっ、富士山より500メートルも高いのです。そんな高原にいきなり行って泊まったけど、大丈夫だった(夜は7月末でもかなり寒いけど)し、ここに住んでいる子どもたちももちろん元気一杯で、外国人が珍しいらしく大勢寄ってきて、「みにいった」はずのこちらが、すっかり「見物」されてしまいました。

 県のお役人たちも大歓迎・大協力で、ここまで登るすごい山道を、車5台出してくれて、1台は副知事さんが自分で運転する友好ぶり。その夜は草原に遊牧民用の大きなテントを張って、村の人や子どもたちも一緒の夕食。チベット民謡のすばらしいノドをきかせてくれたり、そのうち日本人チベット人ごちやまぜの踊りの輪ができて、テントいっぱい「チベット盆踊り」となりました。

小学校を建てる予定地――理塘県曲登郷標高4300メートル         撮影:烏里 烏沙
 この前、昼間にレンガ造りの普通の家に入ってみたら、チベット民族衣装のお母さんがいて、5歳と3歳のかわいい娘をさして「学校に行かせたい」と言ってたし、長女(13歳)は、「行きたかったけど行けなかった」とはにかみながら話していました。ここは数十家族が住む村なのに、遠くて高い山の中で、これまで一度も学校が存在しなかったのです。村はずれの丘にお寺と、少年僧にお経を教えるテント教室があるきりで!。

 牛とか、羊、ヤク(テレビで見るでしょう、真っ黒でたくましくて群れて歩く)などを草原で育てるのがここの人たちの仕事で、天然の花畑は本当に天国のよう名美しさです。だけど子どもたちはやっぱり、学校で字を覚え中国語や英語、社会科・理科などを勉強して、望む子は広い世界に出るようにした方がいい。そしてこの平和と友好を一緒に地球いっぱい広げていけたら、と思いました。ついでですが私は「小学校予定地を見る第一回ツアー」参加者の1人で、72歳です。

 

「理塘でのミーティングと、曲登視察」

きくちさかえ

2001年7月24日 理塘にて

 理塘県曲登村に小学校を建設する計画にあたって、現地を視察するツアー一行を、理塘県の副知事や教育局長たちが出迎えてくれた。小学校建設計画の会メンバーと、副知事たちのミーティングから。

副知事「日本からよくいらっしゃいました。一同、心から歓迎いたします。理塘県の人口は5万人以上おります。県は広く、46ケ所に小学校があります。しかしまだ、5つの省に小学校がありません。その中で3つは現在準備中です。曲登はへき地で、遊牧生活をしていたために、定住民が少なく、教育が難しい状況でした。資金の問題もあり、建物を建てることができません。援助いただければ、大変ありがたく思います」

Q「小学校を建てたあと、教育や施設の維持などは、どのようにされる予定ですか?」

副知事「教師を手配する予定です。テントでは教えることができないので、建物があれば、教師も来てくれるでしょう」

Q「村から離れた子どもたちも多いと思いますが、そうした子どもたちには、どのような対応をされる予定ですか?」

副知事「遠くに住む子どもたちもいますが、学校予定地の近くに住んでいる子どもたちもいます。遠くから来る子どもには、給食を用意する必要があるでしょう」

Q「現在すでにある学校は、理塘県の公立ですか? 曲登に予定している小学校はどのような形になりますか?」

副知事「県の学校はすべて公立です。曲登の小学校も同じです。使う教科書は国から配給され、教師も国から派遣されます。もちろん、教育レベルを上げるために、日本の方々にご提案をいただくことは可能です。政治的なこと以外でしたら、検討することはできます」

Q「具体的には、建設はどのようにすすめる予定ですか?」

副知事「冬は気候が厳しいので、工事の着工は早くとも来年の6月頃になると思います。11月には完成できればと考えています。すでに小学校の建設計画案はあり、図面も見ていただけるようにしてありますし、明日、現地を視察します。資金援助することについて県と書面を取り交わしていただき、早めに進めていきたいと望んでいます。みなさまの援助に感謝しております」

理塘県曲登郷の素朴でかわいい子どもたち標高四二〇〇メートル     撮影:きくちさかえ

 次の日、一行は曲登村に向かった。

 標高4300メートル。高い木のない、どこまでも続く広い山の斜面にポツンとある村だ。教育局が手配してくれた四輪駆動車は、水しぶきを上げながら、雪溶け水の流れる小川をものともせずに駆け抜ける。いくつもの峠を越え、美しい高山植物の咲き乱れる尾根を走る。岩山を登りきったところに、馬にまたがった遊牧民が突然あらわれたりする。その先に、村は忽然と現れた。

 私たち一行が到着すると、いかついボディの男たちや民族衣装を着た女たち、そして、はにかんだ表情の子どもたちが出迎えてくれた。

 村には電気もガスも水道もない。住民の多くが遊牧民である彼らは、ついこのあいだまで、テント生活をしていたのだろうけれど、最近は定住生活に切り換える人々が増えているという。村のあちらこちらで、新しい家々が建築されていた。

「今年の冬は例年になく厳しくて、飼っていたヤクが何頭も死んだ。このままでは食べていけない」と、チベット式ターバンを巻いた男が言う。彼も新しく建設された家に住んでいた。いったいどこから運んできたのだろうと思わせる、板を何枚も並べた家組み。壁面は、赤青白のトリコロールのビニールシートで被われている。中に竈のあるワンルーム。その家の片隅に、ヤクの毛皮が敷いてある寝床があって、そこに生後6ケ月の赤ちゃんが眠っていた。その毛皮の上で生まれたのだそうだ。

 チベットの遊牧民たちは、助産婦という伝統をもたない。遊牧をしながら、赤ちゃんたちは生まれてきたのだ。その男性も、赤ちゃんを自分の手でとり上げたと、こともなげに言うのだった。自然とともに生きている人々は、誕生も死も生活の中の一部なのだ。

 世界の片隅でひっそりと昔のままに生きてきた曲登の人々の生活にも、今、変化の波が訪れている。その変化は、さらに加速していくことだろう。からだに刻まれていた時間の感覚は、時計をもつことによって世界の標準時間に変わり、教育を受けることによって、子どもたちは新しい情報を受け取ることになる。

 政治的に揺れるチベットについては、中国からというよりは、ダライラマを中心とした亡命政府側の情報が多く日本に伝わってくる。もちろん観光で訪れたくらいでは、真のチベットの人々の気持ちは伝わってこないけれど、カム地方にはすでに中国政府の援助が多く入っていて、歓迎ムードも感じられる。

 ここに小学校を建設するにあたっても「政治的なこと以外で」という条件で、教育局の人々から提案もされ、期待もされている。揺れるチベットの中では、子どもにどのような教育が必要かということについて、外国人は立ち入ることはできないだろうけれど、それでもチベット人によるチベット人のための伝統的な文化を伝承する場としての学校であってほしいと願う。

 

 

「はじめての小学校予定地への視察」

烏里烏沙

曲登郷の素朴でかわいい子(五歳)   撮影:烏里 烏沙

 日本に来てからまる五年間になります、このあいだに、旧正月になると、わたくしはかならず故郷に帰ります。今年のお正月は瀘定で過ごしたのです。その時ちょうどわたくしのいとこの兄が西昌(涼山イ族自治州の州府)ヘ行く途中、瀘定を寄った時、お会いしたのです、彼の故郷もわたくしと同じ九龍です、いま、彼は九龍県の副知事として勤めています。

 わたくしが理塘県に小学校を建てることをわかったあとわたくしにこういう話を言っていました:あなたの故郷は九龍でしょ、理塘は厳しいですけど、九龍も厳しいよ、小学校さえ入れない子どもたちが多いですよ。

 確かに、彼が言った通り、九龍も厳しいです、自治州は十八の県のなかで、道路が一番遅く開通したのが九龍です、文化的にも、経済的にもほかの県より遅れています。人間の共通点はみんな自分の故郷をよくしようという考え、義務、あるではないてしょうか、もちろん、わたくしもそう思っています。できれば、わたくしも自分の故郷で小学校をつくりたいです。

 われわれ基金会はチベット高原に住む学校に入れない子どもたちに最低限の教育をさせるために成立したもので、いまは、うごきだしたばかりなので、まず一つの小学校を建てることを目指しています。われわれが候補地として理塘県を選んだ理由は:第一に、ここはチベットの伝統文化がもっとも色濃く残っているところです、というのはここに住んでいるチベット族の人たちは自分の文化をすごく大切にしています;第二に、ここの環境は非常に厳しいことです、標高四三〇〇メートル、交通が不便、いままで、外界との交流がほとんどなかった、言語としては、なまりの濃いチベット語しか話せないです、しかも、ここは去年ひどい雪災があって、六十パーセントのヤクを雪災で失ってしまいました。こうした中で、小学校をつくることがここの住民たちのつよい要望なのです。

 今回の小学校予定地視察はわたくしにとってもはじめてです、視察メンバーは全員で十六名、そのなかの二名は高山病で、一人は早めに成都に戻り、もう一人は身体の調子の関係でそれ以上(理塘県の街の標高自体四〇〇〇メートルを越えている)高いところに行く自信がないので、理塘に残りました。

小学校を建てる予定地――曲登郷ヘ行く途中、理塘県副知事をはじめ、県の関係者たちとの記念写真標高四六〇〇メートル                    撮影:渡辺 溶

 小学校予定地は理塘県の西北部に位置する曲登郷です、曲登郷は白玉県の昌台区、巴塘県手措拉区と接していて、県城までは一〇〇余キロあります。途中三十余キロの悪い道があり、われわれのバスが通れないので、理塘県の知事がジープ五台を出してくれて、わたくしが乗っている車のドライバは副知事で、さすが十六年間の運転の経験があり、安心でした。

 曲登郷は観光地でもないし、環境も厳しいし、われわれの目的は小学校を建てることですから、べつに、きれいか、どうかのことについてはじめに考えなかったですが、曲登郷に着いたとたん、みんなおどろきました、村の周辺には、花畑になっている草原、まわりは緑の山は、空気が澄んでいて、チベット高原以外では見られない青空、村のすぐそばには小河がゆるやかに流れていて、われわれは目の前の景色に魅了されてしまい、超うれしいです。

 われわれは曲登郷に着いてまもなく、地元の人たちがわれわれのために遊牧民特有の黒いテントをたちまち立ててくれました、昼ご飯は花畑になっている草原に絨毯をひいて、われわれと一緒に来ている県の関係者たちが持ってきたヤクや、豚の肉などで、お茶は地元の人たちが用意してくれました、天気がいいというか、気持ちいいというか、あるいはまわりの景色いいというか、その時の昼ごはんが忘れないくらい美味しかったです。

 昼ごはんを済んで、しばらく休んで、副知事をはじめの関係者たちがわれわれをつれて小学校をたてるためにカットした予定地までご案内していただきました。場所は小河のすぐそば、村の役所の裏側、長さは一〇〇メートル余り、幅は一〇〇メートル弱で、とっても便利なところです。

 小学校予定地を見学したあと、わたちたちはいくつのチベット族の家を訪ねました、いま、一番印象に残したのは、三人兄妹の家を訪ねたのことです、三人兄妹は全部女の子です、うえのこは十三歳その次は五歳と三歳のかわいい子です、十三歳の年齢で、普通はもう小学校六年生か、中学校一年生であるはずだけど、ここは、学校がないため、学校で勉強したくても、できません。その時、三人兄妹のお母さんはわたしたちに:いままで、われわれは放牧して、天候におまかして生きて来ました、去年はひどい雪災にあって、五、六十頭のヤクが全部失ってしまいました、やはり、天候におまかすより、子どもたちに教育させたほうがいいで、これから、借金しても、子どもたちに学校に行かせたいです。わたくしはこの話に感動させて、自分の子ども時代のことも思い出して、なみだが出て来ました、自分の経験で、本当に、人生というのは、知識を覚えないと将来の明るさが見えないことに違いないです。

 そう、ひと昔まえ、わたしのチベット族のおばがわたくしに:おまえはいつまでも勉強、勉強、いくら勉強しても、お腹がいっぱいにならないでしょう、まわりの何々さん学校にに入ったこともないのに、いま商売に成功して、お金持ちになっているよ。でも、最近のおばも考え方が変わって、教育・勉強の大切さがようやく分かってきたようです。 

 つい最近まで、チベット族の人たちにとっては、勉強することは貴族の子どもたちのもので、普通の庶民の子どもたちと縁がないことでした、たとえ勉強しても、仏教の教典くらいで、仏教教典の勉強もいいですが、それより、チベットを発展させるためにはもっと広い分野で、自然科学や、社会学などを勉強しないと、世界にますます大きく取り残されてしまいます。そのためには、まず初等教育の確立を第一歩として小学校の建設が望まれているのです。

 もちろん、いまチベット自治区のいくつの大学にもいろいろ勉強できます。それより、厳しいところ、交通の不便なところに住んでいるチベット族ひとたちの意識そのことの大切さに気付くようになれば、とつよく感じています。

チベットカム地方チベット男子の豪華な民族衣装
チベットカム地方チベット女子の豪華な民族衣装

 チベット族の服飾は多彩にして華麗であり、中国各民族の中にも特に特色をもっています。それはもちろんチベット族の優れた伝統文化の重要な一部となっています。今回は写真を通じてチベット族の民族衣装を紹介しますが、次回はもっと細かく紹介するつもりです。

 


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――――BBC世界の屋根探険会 烏里 烏沙 制作・2003年3月8日――――