Gesanmedo ――Tibetan Highlands Elementary School Construction Fund NPO

・ チ ベ ッ ト 族 の 風 習 ・

大きく変化した結婚のやり方

 人生の中間にある最大の儀式は、やはり婚礼である。旧チベットで結婚といえば、お見合い結婚のことだった。両親は子供を養うと同時に、結婚の相手をさがす責務があったのだ。子供はただそれにしたがうだけだった。とくに女性の場合、嫁入りするまで、相手の顔も知らないことが少なくなかった。解放後のチベットでは、結婚は自由である。旧来の結婚がいかに不合理なものだったかを知るために、すこし紹介してみよう。

 第一に、貴賎によって、結婚の相手が限られていた。相手の地位、財産、それに容貌などを、よく調べる必要があった、貴族とうしは結婚できたが、金持ちと貧乏人は絶対に結婚できなかった。足とあいしょつ第二に、迷信的な約束ごとである。たがいの干支や相性を、活仏や占い師によって調べてもらったのである。第三に、広はんな農奴の場合である。同じ領主のもとであれば、あまり問題にならなかったが、領主が異なれば、両方からの許可がいりようで、実際には結婚できなかった。第四に、かじときつ身分である。旧チベットでは、人間の身分が八等九級に分けられていた。鍛冶や屠殺を仕事とする者、こじきなどは最下層とされ、同じ階層の相手でなければ結婚できなかったのである。

 現在のチベットでは、恋愛も結婚も、基本的には自由であり、親のほうが関与することは、まずない。ただ、ぬきがたい旧来の習慣があり、それが形式的にいまものこっている。その名称と順序を、すこし紹介しておく。

 それは「求婚」からスタートする。これはどうしても必要な手続きである。たがいに相手の家に行き、敬意をしめすハタをささげて、双方が正式に求婚を表明するのである。その次は「婚約」である。たがいに結婚に同意すれば、やはり黄道の吉日をえらび、人にたのんで、「婚約証書」の作成にかかる。その役目をするのは一般に、文才をもつ者とされる。証書の内容は、この度、男女が目でたく結婚し、敬愛しあい、理解しあい、その徳性は高く、目上を敬うことなどである。今後に継承する財産のことも書かれている。それは全体として詩のスタイルをとり、うまく朗読できるものである。

 婚約の日には、次のような儀式がある。まず男の家から、女の家族全員に一本すっハタの贈呈がある。女の両親には、これまで育ててもらったことに感謝して、男の家から「乳銭」が贈られる。その後、まず茶がふるまわれ、やがて酒食のもてなしがある。この日の費用はすべて男の家の負担である。妻もたけなわのころ、婚約の保証人が「婚約証書」を声だからかに朗読する。双方の家がそれを確認したのちに、双方がその証書に印鑑をおす。印鑑をおされた婚姻証書は、女の家から男でいちょうの家へ、丁重に手わたされる。この日の儀式には一般に、当事者の若い二人は参加せず、双方の家の者だけで行なわれる。男の側が去るとき、女の側からもハタが一本ずつ贈られる。

 結婚式のいくらかまえ、女の家は全員そろって男の家を訪れる。それは婚礼の家具をわたすためである。それぞれの家から代表がでて、この儀式をとり行なう。女の方の代表がまず、その目録を読みあげる。それと同時に、それぞれの家具が男の家に手わたされていく。家具の種類と品質はそれぞれの経済的な条件などによるが、不可欠の品がある。

 それは銅製の小さな菩薩と、お経、仏塔の三つである。言いったえによれば、文成公主がソンツェン・ガンボに嫁いできたとき、この三つの品を持参したという。それから千数百年たつが、この三点セットは、チベットの女性が嫁ぐときの必需品となっている。いよいよ結婚式の当日であるが、それは三日がかりである。まず第一日目、男の家から人をだし、美しい花嫁衣裳や各種の装飾品をとどけておく。それらを絹の布でつつみ、あらかじめ女の家にとどけに行くのである。二日目は、迎えの人たちとウマが、ハタをなびかせ男の家から出発する。それを引率するのは、ある程度の地位の者である。ウマのなかの一頭は花嫁がのるものであり、特別の装飾をしている。美しく彩色をした矢、一枚の鏡、玉の髪飾り、各種の宝石などである。その全体の色あいは、花嫁のエトを考慮したものである。

 迎えの行列が到着しないうちに、女の家では、「別れ」の儀式がある。かんたんな酒食で、この家をでていく娘の幸運を祈るのである。そこへ花嫁を迎える人馬の行列がやって来る。彼らが最初にやる儀式は、彩色をした矢を、花嫁の背中にいれることである。それは、この女性がすでに男の家のものとなったことを意味する。

 次に、玉の髪飾りを彼女の頭につける。この飾りをチベットでは「魂の玉」といい、男が自分の「魂」を女にゆだねたことを意味している。こうした儀式を終えて、花嫁は涙ながらに馬上の人となり、行列とともに、新しい家となる場所へと向かうのである。

 第三日目は当然のこと、朝から晩までの披露宴となるが、ここでは省略する。チベット族の婚礼のやり方は、旧来のそれを残存しながらも、大きく変化し、簡素化される方向へと流れているのである。

 

 


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――――BBC世界の屋根探険会 烏里 烏沙 制作・2003年3月8日――――