Gesanmedo ――Tibetan Highlands Elementary School Construction Fund NPO

チベット体験記――参加者レポートその9

 

知られていない聖地――理塘

烏里烏沙

 

 白い大雁よお願いがある

 私にあなたのつばさを貸してくれ

 遠いところには行く気がない

 ただ理塘の上に一回りしてからすぐに戻る

 

 これは第六世ダライ・ラマツァンヤンジャツォが書いた詩です。

 偶然か、或いは第六世ダライ・ラマは預言家なのか、いまだに論争していますが、それはともかくとして、次のダライ・ラマは理塘で生まれました。

 理塘は悠久な歴史をもち、土地にも霊気があるところです。ここから出た活仏が現在中国国内で活躍しているのが23人、海外で活躍しているのは18人にのぼっています。

 ここは第7世、第10世ダライ・ラマ;第7世、8世、9世、11世パハマ活仏(中国人大委員会副委員長)、第5世ジャムシァンフトゲト、もと第3世モンゴル国師ツェブツェンデァンバ、そして、第1世、2世、3世シァンゲン活仏などの高僧の故郷です。

 理塘は四川省の西部、甘孜チベット自治州の西南部に位置し、成都までは654キロ、州府康定までは284キロ、標高は4133メートル、面積は14182平方キロ、人口は5万人、県内にはチベット族ほか、漢民族、回族、イ族、土家族、納西族、ミャオ族、チャン族が住んでいます。そのうち、チベット族は総人口の94%を占めています。

 理塘はチベット語で「レトォ」という、「レ」は銅鏡の意味で、「トォ」は平坦な草原の意味で、文字通り理塘は銅鏡のようなきれいなところです。

 ここの長青春科爾寺は、カム地方で一番大きなゲルク派のお寺で、カジュ派の発祥地としての冷谷寺は世界にも知られており、ここは5500メートル以上の雪峰が20余あり、特に、東チベットの純美仙境、康南第一峰である聖なる山――ゲレはチベット仏教信者たちの厚い信仰が集まり、8月に行われる競馬祭は歴史悠久、規模盛大で、チベットでも一番大きいな競馬祭ともいわれています、カム地方、特に理塘の男は世界でも勇猛をもって知られています。

 理塘の立体形気候や、独特の地質地貌、歴史の流れの出来ごと、そして民俗風情などまさにチベットの縮図となっています。そして、チベット地域(地球上ともいわれ)で最後に残っている唯一の遊牧部落、私たち基金会が小学校を建てる予定地である――曲登郷、そこに住んでいるチベット族の遊牧部落は実に魅力の溢れるところである。

 

 聖なる山――ゲレ

東チベットの純美仙境

 ゲレ自然生態保護区は、理塘県の西南部70キロ離れている熱柯郷境内にあり、ここの立体形気候と複雑な地質地貌から独特の雪峰、氷河、高山湖泊、滝、温泉、草原と原始森林をそろえる自然景観となり、原始生態はそのままきれいに残っています。主峰のゲレ聖山は、標高6224メートルで、康南第一峰(カム地方の南で一番高い山です)で、チベット地域では「第十三女神」と呼ばれています、道が険しくて、山の頂上は終年雪に覆われ、これまでに日本、韓国、ドイツ、アメリカ、スイスなどの登山隊がゲレ聖山を登頂するため、何回もきましたが、結局、失敗しました、いまでも未登峰です。

 となりの山、ガンボガンガ聖山は世界中の24の仏教の聖地の1つとしてよく知られ、『リン・ゲサル王伝』によりますと、1匹の大きな莽蛇 がここを守っています。

 山地にはいると、白馬鶏、藏雪鶏、緑尾紅雉などの野生の鳥の鳴き声がよく聞けます、群れなす猿や、盤羊(野生の羊の一種、標高の高い岩など険しいとことにいる)、麝香鹿、鹿などもよく見えます、特に7月のゲレ自然生態保護区は、あちらこちらに一面の高山植物がきれいに咲いて、まるで奇花異草の花園が出現しいるようです。

 ここが不思議なのは格聶神山主峰の下の虎皮覇あたりは峠、河川、芝生から1つの巨大な仏像となって、鎮座し、かたちは本物と似ていて、表情もいいし、やさしい顔をしています。仏像の胸あたりはチベット語で「ホゥ・マ・ニ・ベ・メ・ホウ」(六字真言)が彫ってあります。ここに巡礼をすることは少なくともチベット族の人たちの一生の願いです。 伝説によると、ゲレ神山は馬年でなので、特に馬年になると、大勢のチベット族の信者たちがあちらこちらから来て、山を巡礼します。

 

チベット地域に最後の遊牧部落が居るところ

基金会が小学校を建てる予定地――曲登

 

 曲登郷は理塘県の西北部に位置しています。西に巴塘県の措拉区、北は白玉県の昌台区、東北は新龍と接して、県城までは100余キロあります。曲登郷は理塘県のなかで環境はもっとも厳しいところです、ここの最低の標高も4300メートルで、酸素は内地(普通の平原)の40%しかないです。小学校を建てる予定地を視察するため、わたしは去年に2度もこの夢のような神秘的な土地を訪ねました。

 チベット族を形成する前に、川(四川)、甘(甘粛)、青(青海)、藏(チベット自治区)民族回廊には古部落12以上のぼり、吐蕃王朝時代、ソンツェン・カンポ王がチベット高原に住む各部落を統一しましたが、東チベットのいくつの部落は随近代まで、独立した集団として存在してきました。曲登郷に居る遊牧民の人たちはモンゴル族の後裔で、昔(元の時代に)モンゴル軍がここに攻めてきてから、現地の古部落の女性と結婚してそのまま残ってきたのだそうです。夏になると、ここの女性たちはほとんどオレンジ色の帽子をかぶっています。伝説によると、かつてモンゴル軍がここに攻めてきた時に皆オレンジ色の帽子をかぶっていたのだそうです。それはひとつの信号(記し)でもあるらしいです。歴史上、かれらはよくとなりの部落と争いを起し、時には中央政府軍と戦ったり、時にはチベット軍と戦ったり、一番ひどい時は雲南省の北部まで追い出されてしまい、ずっと不安定な生活を送ってきました。つい最近かれらはその周囲の部落とやっと和解して、ここに戻ってきました。

 はじめてここを訪ねました時に、びっくりしました。標高4300メートルで、酸素は内地(普通の平原)の40%しかない、きびしいと思ったが、村の周辺には、花畑になっている草原、まわりは緑の山、空気が澄んでいて、チベット高原以外では見られない青空、村のすぐそばには小川がゆるやかに流れていて、われわれは目の前の景色に魅了されてしまい、もう大満足、それ以上のすばらしいところはもうないじゃないかと思いました。

 9月に渡辺先生とふたたびここにきた時、現地の人たちが、川の向こうの山をこえて、馬に乗って1日で巴塘県境内の超きれいなところ秘境措布溝へ行かれると言いました。渡辺先生は嬉しそうな顔をして、小学校ができてから、日本の学生たちを連れてきて、ここの生徒と交流しながら、一緒にトレッキングして措布溝まで回ってくるのが最高じゃないかといいました。

 

8月上旬に行われる

チベット一規模盛大な競馬祭

 7月から8月にかけて、チベット高原では、あちらこちらの草原には競馬祭を行われていますす。その中で規模が一番大きいなのはやはり理塘の「八一賽馬会」でしょう。

 8月の理塘、毛亜大草原に一面には花がきれいに咲いて、年に一回の競馬祭がここ行なわれます。競馬祭は現地の人たちは「八一賽馬会」と呼んでいます、一年中もっとも楽しいことで、その日を来るのをずっと待ちこがれているのです。競馬祭の前、理塘県だけではなく、自治州の 勇壮な騎手たち――「康巴漢子」(カムパハンツィ)があちこちからやって来て、競馬の出番をまっています。競馬祭は毎年の8月1日からだいたい一週間か、十日間くらい続きますが、祭りを開催するあいだにチベット民族衣装の披露、チベット芝居、舞踊と音楽、さらに、チベット式のスポーツもやります。競馬の競技もいくつに分けられています、馬に乗って走りながらハダを拾って行くや、弓や銃を打つなどいろいろなショウを見せる楽しい競技をあれば、一回だけで優秀を決める刺激なスピード競馬もあります。競馬祭はまた、遊牧民の人たちにとっては、衣料品などの日常生活用品を入手する絶好のチャンスです。

 


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――――BBC世界の屋根探険会 烏里 烏沙 制作・2003年3月8日――――