Gesanmedo ――Tibetan Highlands Elementary School Construction Fund NPO

チベット体験記――参加者レポートその2

「理塘でのミーティングと、曲登視察」

きくちさかえ

2001年7月24日 理塘にて

 理塘県曲登村に小学校を建設する計画にあたって、現地を視察するツアー一行を、理塘県の副知事や教育局長たちが出迎えてくれた。小学校建設計画の会メンバーと、副知事たちのミーティングから。

副知事「日本からよくいらっしゃいました。一同、心から歓迎いたします。理塘県の人口は5万人以上おります。県は広く、46ケ所に小学校があります。しかしまだ、5つの省に小学校がありません。その中で3つは現在準備中です。曲登はへき地で、遊牧生活をしていたために、定住民が少なく、教育が難しい状況でした。資金の問題もあり、建物を建てることができません。援助いただければ、大変ありがたく思います」

Q「小学校を建てたあと、教育や施設の維持などは、どのようにされる予定ですか?」

副知事「教師を手配する予定です。テントでは教えることができないので、建物があれば、教師も来てくれるでしょう」

Q「村から離れた子どもたちも多いと思いますが、そうした子どもたちには、どのような対応をされる予定ですか?」

副知事「遠くに住む子どもたちもいますが、学校予定地の近くに住んでいる子どもたちもいます。遠くから来る子どもには、給食を用意する必要があるでしょう」

Q「現在すでにある学校は、理塘県の公立ですか? 曲登に予定している小学校はどのような形になりますか?」

副知事「県の学校はすべて公立です。曲登の小学校も同じです。使う教科書は国から配給され、教師も国から派遣されます。もちろん、教育レベルを上げるために、日本の方々にご提案をいただくことは可能です。政治的なこと以外でしたら、検討することはできます」

Q「具体的には、建設はどのようにすすめる予定ですか?」

副知事「冬は気候が厳しいので、工事の着工は早くとも来年の6月頃になると思います。11月には完成できればと考えています。すでに小学校の建設計画案はあり、図面も見ていただけるようにしてありますし、明日、現地を視察します。資金援助することについて県と書面を取り交わしていただき、早めに進めていきたいと望んでいます。みなさまの援助に感謝しております」

 

 次の日、一行は曲登村に向かった。

 標高4300メートル。高い木のない、どこまでも続く広い山の斜面にポツンとある村だ。教育局が手配してくれた四輪駆動車は、水しぶきを上げながら、雪溶け水の流れる小川をものともせずに駆け抜ける。いくつもの峠を越え、美しい高山植物の咲き乱れる尾根を走る。岩山を登りきったところに、馬にまたがった遊牧民が突然あらわれたりする。その先に、村は忽然と現れた。

 私たち一行が到着すると、いかついボディの男たちや民族衣装を着た女たち、そして、はにかんだ表情の子どもたちが出迎えてくれた。

 村には電気もガスも水道もない。住民の多くが遊牧民である彼らは、ついこのあいだまで、テント生活をしていたのだろうけれど、最近は定住生活に切り換える人々が増えているという。村のあちらこちらで、新しい家々が建築されていた。

「今年の冬は例年になく厳しくて、飼っていたヤクが何頭も死んだ。このままでは食べていけない」と、チベット式ターバンを巻いた男が言う。彼も新しく建設された家に住んでいた。いったいどこから運んできたのだろうと思わせる、板を何枚も並べた家組み。壁面は、赤青白のトリコロールのビニールシートで被われている。中に竈のあるワンルーム。その家の片隅に、ヤクの毛皮が敷いてある寝床があって、そこに生後6ケ月の赤ちゃんが眠っていた。その毛皮の上で生まれたのだそうだ。

 チベットの遊牧民たちは、助産婦という伝統をもたない。遊牧をしながら、赤ちゃんたちは生まれてきたのだ。その男性も、赤ちゃんを自分の手でとり上げたと、こともなげに言うのだった。自然とともに生きている人々は、誕生も死も生活の中の一部なのだ。

 世界の片隅でひっそりと昔のままに生きてきた曲登の人々の生活にも、今、変化の波が訪れている。その変化は、さらに加速していくことだろう。からだに刻まれていた時間の感覚は、時計をもつことによって世界の標準時間に変わり、教育を受けることによって、子どもたちは新しい情報を受け取ることになる。

 政治的に揺れるチベットについては、中国からというよりは、ダライラマを中心とした亡命政府側の情報が多く日本に伝わってくる。もちろん観光で訪れたくらいでは、真のチベットの人々の気持ちは伝わってこないけれど、カム地方にはすでに中国政府の援助が多く入っていて、歓迎ムードも感じられる。

 ここに小学校を建設するにあたっても「政治的なこと以外で」という条件で、教育局の人々から提案もされ、期待もされている。揺れるチベットの中では、子どもにどのような教育が必要かということについて、外国人は立ち入ることはできないだろうけれど、それでもチベット人によるチベット人のための伝統的な文化を伝承する場としての学校であってほしいと願う。


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――――BBC世界の屋根探険会 烏里 烏沙 制作・2003年3月8日――――