Gesanmedo ――Tibetan Highlands Elementary School Construction Fund NPO

 世 界 宗 教 の 最 高 聖 地 カ イ ラ ス 

 

神山の王――カンリンポチェ峰

 チベットの最西部にあたるアリ(阿里)地区は、北は新彊、南と西はインドに接している。地形的には、南にはヒマラヤ山脈があり、北にはガンディセ山脈と崑崙山脈がはしる。峻厳な峰が連なり、氷河は発達し、いかにも雄大な自然のなかにある。ガンディセ(樹底新)という山の名前はそもそも、チベット語、サンスクリット語、漢語から構成されている。ガンは、チベット語で「雪」を意味する。ディセは、サンスクリット語でやはり「雪」のことである。山(シャン)はいうまでもなく、漢語である。ガンディセ山のなかでは、冠雪した山が連なり、どこまでも氷河が発達している。その美しさは、この世のものと思われない。ガンディセ山脈はまさにその名のように、「雪また雪の山やま」の世界なのである。

 カンリンポチェ(崗仁布欽、カイラスの別名も)峰こそが、ガンディセ山脈の最高峰である。それはアリ高原のブラン県にあり、海抜は六七一四メートルで、万年雪をいただいている。「カンリンポチェ」は、チベット語で「神霊の山」を意味している。サンスクリット語ではそれに、「シバの天国」をあてるが、シバは古代インドの神の名である。

 『ガンディセ山海誌』によれば、有名な仏尊のチェツン・ダズワは、この一帯の光景を次のように表現している。ガンディセ山脈、とりわけカンリンポチェの山容は奇異そのものである。そこからは、ガンジス河やヤルツァンポ江など、四つの大河が流れでている。カンリンポチェは丸くとがった形をしており、雲も夫も、すべて突きぬか破ってしまいそうな勢いだ。その南側には、いつも白い雲が浮かんでいて、あたかも額づいて拝んでいるようだ。朝夕ともなれば、その山頂には、七色にかがやく光の冠ができる。山肌はまるで水晶のように光りかがやき、太陽や月の光を反射して、筆舌につくしがたい美しさである。

 カンリンポチェの「首」のあたりには、たくさんの泉がある。そこから湧きでた清水が、山肌をつたって下まで流れてくる。それがチョロチョロという清らかな音をたてる。もし仙人の音楽があるとすれば、こんな響きなのではないか。夕日が沈むころ、周囲はすでに暗くなっているが、カンリンポチェの山頂だけは燃えるように赤くかがやいている。そこに雲や虹がかかる日であれば、この世のものとも思われない絶景である。高僧として知られるダズワは、さらに、カンリンポチェのことを次のように形容している。

  カンリンポチェは唯我独尊とばかりに、ひとり高くそびえている。それを囲むようにして山や峰があり、あたかも八つの花弁をもったハスの花のようである。この一帯には貴重な薬草があり、「香りの山」という別名もある。その南側には、「聖なる湖」マナサロワル湖があり、青く透きとおって水をたたえている。それは一枚の大きな、明るい鏡のように、「神霊の山」カンリンポチヱの姿を映している。

  夕方は、山と湖の美の競演のときである。マナサロワル湖からでる水蒸気により、かならず霧がでる。その霧が風にふかれて、一枚ずつの白い絹のように、ゆったりと湖面をただよう。カンリンポチェ峰はといえば、やはり冠雪して、その周囲に大小の雪の峰をしたがえてている。それはまるで、純白の衣をまとった少女たちが、大きなカンリンポチェに向かって、頂礼を求めているかのようである。いかにも神秘的な光景である……。

 仏教徒の目から見れば、カンリンポチェは天界の無量宮であろう。そこには、密教の本尊を祭っている勝楽輪宮から、人類のために流れでる甘い泉があるという。それが、馬、獅子、象、孔雀の四つの大きな河となるというのである。事実、アリ地区には四本の川があり、いずれもカンリンポチェから流れだしている。その源流となる泉は、見ようによっては、馬、獅子、象、孔雀の形をしている。それが命名の由来となったのである。これまでに紹介した内容には、いくらかの誇張があるかも知れない。神霊な山や湖、神の属性をもつ四つの動物などの話は、いずれも「仏尊」の口からでたものだった。そのため、仏教徒のあいだに広く、深く、浸透したのだった。カンリンポチェ峰を中心とした一帯は、つとに宗教上の聖地となり、毎年、数多くの行者や旅行客を吸収している。どうした理由からか、ウマ年になると、そたくまの数が激増するのである。それは、ウマのもつ逞しさにあやかる心理からであろう。


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――――世界の屋根探険会 烏里 烏沙 制作・2003年12月20日――――