Gesanmedo ――Tibetan Highlands Elementary School Construction Fund NPO

 

教室内装工事の確認と次回の援助する地域の調査の旅(2)

甘孜州九龍県の初等教育事情について
理事長 鳥里 烏沙

 

 ゲーサンメド小学校の内装工事を確認して、鈴木さんは工事完了まで理塘に残す、私たちは次の目的地九龍に向かう。

 私は山の専門誌『岳人』に「わが故郷チベットに小学校を」の文章を発表したが、正確にいうと、私の故郷は理塘ではなく、九龍である。では、なぜ小学校を建設するところは九龍ではなく、理塘を選んだのだろう、環境的に九龍より理塘のほうが厳しく、これまで勉強する場さえないため、住民たちはほとんど文盲であり、子供たちは勉強することがもっとも必要と思った。

 私が理塘に小学校を建設していることを聞き、親戚や、故郷の人たちに、九龍も貧しく、ほかの地域より遅れ、といろいろ言われ。もちろん、個人的に自分の故郷にも何か貢献ができればいいとつよく思っている。

 九龍は甘孜チベット族自治州の東南部に位置し、北東部は雅安市石棉県、南は涼山彝族自治州と接して、人口は約五万三千人。一応チベット族自治州に入っているが、理塘と違い、理塘の場合は住民たちがほとんどチベット族で、もちろん、ほかに七つの民族が住んでいるが、チベット族は総人口の九四.〇四%も占めている。

 九龍では、純粋のチベット族ではなく、主に三つの民族が住んでいる、そのうち、チベット族は三〇.十八%、漢族は三二.六八%、彝族は三六.九八%で、残り〇.一六%はほかの少数民族である。

 前に述べた通り、川藏公路雅江段は、土砂崩れ起こったため、しばらく中断し、いまやっと開通したが、道路の状況はまだかなり厳しい、私たちは九龍へ向かう途中、雅江段を通ったところ、五時間も待たせ、道路も、民家もかなり水に流されてしまい、思った以上ひどかった。理塘から九龍まで一日で行かれるのに、今回は雅江に着いたのが夜の九時すぎ、今晩はここに泊まるしかない。

 雅江から九龍までのあいだも何ケ所土砂崩れがあったが、途中で撮影しながら、のんびりして、午後六時頃九龍に到着。甘孜チベット族自治州のなかで、九龍までの道路は一番遅くできたため、環境もあまり破壊されていないので、美しい自然が残されている。

 九龍の教育について、調べたいことはすでに県教育関係者たちと話してある。わたしは子ども時代からここを離れ、親戚以外の友人はほとんどいない。ホテルに到着してから、まずいとこのモタと連絡する。モタは九龍の教育副局長を経って、いまは県政府ー公室主任である。夜は県政府からごちそうをいただき、食事をしながら、九龍の教育事情について、二人の教育副局長から紹介してくれた。余局長は漢族で、尼克局長は彝族である。二人も前は中学校の校長先生だった。

 いまはちょうど、中国のヤク研究会は九龍で開催しているので、次の日、甘孜州の副州長がここにいらっしゃる予定で、モタは接待の仕事があり、私たちと付き合う時間がない。その変わりに、尼克局長が二つの学校を案内してくれる。ちなみに、九龍のヤクは世界一大きい、体重は一〇〇〇キロをこえるヤクもいると聞いた。

 最初につれてもらったのは九龍県の南部四〇キロにある乃梁郷の中心小学校である。前に述べた通り、九龍は主に三つの民族が住んでいるので、小学校の教職員も、学生も、チベット族、漢族、彝族からなっている。都市部の学校と違って、ここの教員はほとんど若手で、元気いっぱい。学校のすぐそばは道路なので、交通の面も便利。教室、食堂、教員と学生たちの宿舎、そしてトイレまで見せてくれた。教室はけっこういい。食堂、教員の宿舎が古いけど、簡単に手を入れれば、使えないこともない。斎藤先生は細かいところまでメモし、北田さんも記録写真を。気になるのはやはり学生たちの宿舎である、建物は余りにも古すぎで、ぼろぼろ、だけど、宿舎の中にはちゃんときれに片付きている。本当は宿舎だけでも建て替えてあげたいが、ゲーサンメドの援助する範囲を越えたと思う。

 でも、子どもたち四人に一枚の机を使って、熱心に勉強する様子も見ると、まずおどろいた、自分の故郷だから、自分もなんか、安心と喜びがいっぱいである。

 乃梁中心小学校の状況はだいたいわかり、呷爾河を下って二〇数キロ走って行くと、沙坪職業中学校に到着、尼克局長は長年この学校に勤めたので、よく知っている。彼はここ連絡しただろう、校長先生を初め、学校の関係者たち、何人か学校の前の大門に集め、私たちを迎えにきた。

 学校側の方々と挨拶してから、教学楼、教室、食堂、学生の宿舎、トイレまで案内してもらった。特に、新しくできた教学楼と食堂は都市部の中学校の設備と変わらないである。男性学生と女性学生の宿舎もみせてくれたが、みんな二段ベッドで、女性学生の宿舎は、洗面器、タオル、歯ブラシなどちゃんときれいにならんで、みんな感心した。それに対して、男性学生の宿舎は六〇年代に建てたお茶の工場の建物で、古くて、壁には穴やきずがけっこうあり、窓も閉められない状態である。

 普通の職業中学校は、日本の専門学校と似ているが、職業というのは、この学校では何か専門的な知識を教えているのだろうか、と校長先生に聞いた。校長先生はこの学校の生徒はほぼ一〇〇%が農村部から来ているので、卒業してからすぐ役にたつように、野菜や、植物の栽培技術を教えている。卒業してから一部の人たちが故郷に帰るが、ここは進学率が高いので、約六割の学生が成都や康定の高校に入り、さらに大学に進学する学生も多い。甘孜州に一八の県もあり、職業中学校が三つしかない。ここから卒業した学生たちは甘孜州に分布し、活躍している。州の中にはエリートの学校とも言えるだろう。校長先生はそう話してくれた。

 九龍にいるあいだに教育の面だけではなく、農業、観光などの面からもいろいろ紹介してもらい。地理的にここの交通状況が閉塞的、ほとんど死角に近い状態である。そんな状態のなか、九龍県政府、教育局などの機関は教育に対し、かなり力を入れていることに感動され、観光の面も県財政の厳しく、開発できない項目は、よそから入ってきた企業に任せ、伍須海などの風景区の開発は順調に進めている。近い将来、美しい九龍の名前も全国に、世界に知ってもらえるだろう。

 そして乃梁中心小学校と沙坪職業中学校の学生宿舎も近いうち、新しい宿舎に変えていくだろう。

 


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――――チベットカム山岳研究同行会 烏里 烏沙 制作・2007年12月15日――――