Gesanmedo ――Tibetan Highlands Elementary School Construction Fund NPO

 

曲登郷と措布溝と
‥‥小学校建設予定地視察の旅から‥‥‥
――理事 渡辺千昭

 

●曲登郷へ

 たおやかに起伏するみどりの山並み、のどかに草をはむヤク(高山牛)や羊などの群れ、抜けるような碧空に浮かぶ純白の雲、山間をぬって流れる清らかな川、彼方の高みに浮かぶ雪山‥‥‥。標高4300メートル。中国四川省理塘県曲登郷はそんな大自然のただ中に、戸数およそ500戸、人口約2500人、主に牧畜業を生業とする集落を形成している。

 2001年9月14日。快晴。四輪駆動車の轍だけが頼りのダートな道に悪戦苦闘、大変な思いをしてやってきた私たち(小学校建設予定地視察チーム)を、この地の自然と人々は優しく友好的に迎えてくれた。

 この日はちょうど当地仏教の催し日(祭日)とあって、村の広場に大天幕が張られ、大勢の僧が集合し法要が行われていた。

 僧侶たちの唱和する読経が広場に流れる、それを取り囲む人々のおだやかな表情、祈りの姿、原をかけ廻る子供たちの元気な声、辺りの自然とよくマッチした人々の民族衣装が華麗だ。昼下がりの平和な光景が目前に広がっている。

 私たちは広場の一隅で昼食をとった後、早速、理塘県教育局長の案内で小学校建設予定地を視察した。そこは診療所や行政などの平屋建ての建物と川とに挟まれた平坦な草地である。ここならば僅かに整地をすれば校舎などの建物と校庭の敷地は充分に確保できると思われる地所なのだが、実際に現地に立って体感してみると様々なことが頭をよぎってくる。

 校舎建築というハード面だけ考えても厳しい自然環境に耐えていけるだけの施設や設備をいかに構築していくのか。この他とよく融合した校舎建築のデザインや教室などの設計はどのようなものがいいのか、樹林が生えていなく、しかも交通不便なこの高地にあって木材その他の建築資材などはどのように調達するのか、通信のことを考えても現時点では連絡のすべはなく、衛星通信に頼らざるを得ないこと、最小限必要な電力などのエネルギーを自然環境に配慮しながらどのように設計していくのか、厳冬期の交通手段は‥‥‥などなどの大小様々な問題は、拾い出すと枚挙にいとまがない。さらに、これらのこととは別に教育実践の中味のことにも思いがおよぶ。教師のこと、カリキュラムのこと、教材‥‥‥などなどのプランと実行のプロセスも並行して推進していかなければならないだろう。それぞれの専門家の指導を得ながら進めることも肝要だ。当然理塘県当局の青写真はあるのだろうが、現地の要望や県当局のプランと我々建設基金会のプランとをよく検討し合って、できるだけ早急にプロジェクトを進めなければならないだろう。

 そして何にもまして肝心なのは資金の調達である。私たちの描いたプランがこの地に大きな実りを見せることを目標にして、様々な形でダイナミックに募金活動をしないといけないだろう。それにはまず会員ひとりひとりのカの結集が必要である。会員の拡大運動もさらに進めることも大事だろう。県の当局から説明を受けながら私はプランの実現へ向けて改めてファイトがわいてくるのを感じていた。

 

 ●措布選へ

 それにしても秘境・措布溝(そぶこう)へのアクセスには難渋を強いられたものである。理塘からチベット(ラサ方面)への公路を走行しているうちはまだよかったのだが、理塘県との県境を過ぎ、枝道に入ったとたん、想像を絶する悪路の連続。洗濯板の上に泥濘をなすりつけたような悪路が渓谷沿いに延々と高みへと続いていく。四輪駆動車の天井やドアに幾度となく頭や体を打ち付けたことか。午後の陽もだいぶ傾きを増してきた頃、やっと辺りが開けて見事な風景が視界に飛び込んできた。そこが措布清風景区の入り口であった。

 僅かに草紅葉も色づきはじめた草原。広く明朗な原を蛇行していく清らかな川。流れが逆光にきらめいて美しい。原の周囲に屏風をそばだてる5000〜6000メートル級の高峻山岳、その堂々たる山姿が写欲をそそる。

 私たちを乗せた中国製四輪駆動車は轍をトレースしながら原を突っ切り、水深30〜40センチの川を車でそのまま渡渉していき、さらに進んで奥地の湖のほとりに到着した。手元の高度計に目をやると4100メートルを示している。湖に面してウッディな山荘がぽっんと建っている。今夜の宿である。

 外国からの来訪者などほとんどないこの地には宿泊施設などない。この山荘は当地のチベット仏教の活仏の持ち家だという。活仏の友人である理塘県知事のはからいで一夜の宿を提供していただいたというわけである。

 辺り一帯はカナダの風景を思わせるような、コバルトブルーの湖と濃緑の針葉樹、そそり立つ岩山や雪山とが見事に調和して佳景を見せている。私はこの景色を目前にして、朝と夕、刻一刻と変化していく山やまをファインダーで捉えてはシャッターを切り続けた。

 たった一泊二目の滞在であったが、ここでは自然度満点の世界と人々の優しさや笑顔と触れ合うことができた。車や宿を提供してくれた理塘県知事や活仏の好意、お国自慢の歌合戦まで飛び出したチベット人ドライバーやスタッフとの山荘での一夜の宴と交流、措布溝最奥のチベット寺院で受けた僧侶たちの暖かいもてなし、山道を歩行中私の荷物を背負ってくれようとゼスチャーを交えて語りかけてくれた年若い尼僧の善意と笑顔など、今も心に残っている。

 秘境・措布溝から山をひとつ隔てた北方には、私たちが小学校建設を予定している曲登郷がある。そこから当風景区までは馬や徒歩てほぼ一日の歩程だという。私は将来小学校が完成して、その在籍児童たちと共にこの仙境でワークキャンプなどの実践ができたらいいなぁと、ひとり夢想していた。

                (山岳写真家・日本中国文化交流協会会員)

 


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――――チベットカム山岳研究同行会 烏里 烏沙 制作・2007年12月15日――――