Gesanmedo ――Tibetan Highlands Elementary School Construction Fund NPO

 

チベットとの出会い
川崎 文子

 

 和光大学の学生であった烏里さんに、初めてお会いしたのは、去年の秋でした。世界自然遺産九寨溝の旅に参加したときで、故郷チベットへの想いを、熱く語ってくれました。卒業後の進路に話が及んだとき、中国の奥地にうまれ育ち故に教育を受ける機会に恵まれない子ども達のために、小学校を建てたいのだと話してくれました。

 それから半年、大学卒業を果すや、青藏高原初等教育・建設基金会を立ち上げ、具体的な青写真を見せてくれたのです。その信念の強さと、エネルギッシュな行動力に驚かされました。

 中国は日本の隣国でありながら、その広大さ故に、未知で近寄り難い国です。その中国の内陸深く標高四〇〇〇米以上の峠をいくつも越えて、理塘県曲登郷に私は、行ってきました。日本語は通じない、英語なんかはもっと駄目、理解しあいたいという、お互いの気持と笑顔だけが唯一の手段でした。

 名古屋から空路重慶へ、あとはチャータバスで成都、康定、理塘へとつないだ旅でした。

 早期に理塘を出発し、ラサへ向かう街道を右折し丘陵地帯へと入って行くのです、高い山もなければ、高い木もない道は極端に悪かった前夜の雨にぬかるみ、抉れ、滅多に補修されない道の果てしなく続くと思われた頃、たどりついたのが、曲登郷でした、標高四三〇〇米の高地でしたが、昼下りの太陽は暖かく丘は緩やかにどこまでも続き、その麓の広い草地に、人々は集っておりました。その日は何かの祭礼の日のようで、成層圏まで見透かせそうな深い青い空にとけ合って、それは素晴らしい光景でした。

 草の広場から川に向って少し下ったあたりに学校の予定地はありました、流れのほとりには馬や、山羊が草を食み、水を飲んでいました。

 この夢の様な風景に一年のうちのほんの、僅かな間だけのこと、どこよりも早く冬が始まり、雪と水に脅かされる曲登故郷に学校をと動いた烏里さんの人間に対するこの上ない優しさはを垣間見た思いでした。

 烏里さんの学校設立の話に躊躇もなく協力することにしたのは、烏里さんのこの優しさに共鳴できたからだったと思っています。

 チベットに対する私の理解はほんの僅かな一面的なものでしかないけれど、母親のように、烏里さんを信じ、支援して行きます。

 曲登郷のあの無限の空の青さを皆様と共有したいものです。

 


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――――チベットカム山岳研究同行会 烏里 烏沙 制作・2007年12月15日――――