Gesanmedo ――Tibetan Highlands Elementary School Construction Fund NPO

 

「はじめての小学校予定地への視察」

――理事長 烏里烏沙

 

 日本に来てからまる五年間になります、このあいだに、旧正月になると、わたくしはかならず故郷に帰ります。今年のお正月は瀘定で過ごしたのです。その時ちょうどわたくしのいとこの兄が西昌(涼山イ族自治州の州府)ヘ行く途中、瀘定を寄った時、お会いしたのです、彼の故郷もわたくしと同じ九龍です、いま、彼は九龍県の副知事として勤めています。

 わたくしが理塘県に小学校を建てることをわかったあとわたくしにこういう話を言っていました:あなたの故郷は九龍でしょ、理塘は厳しいですけど、九龍も厳しいよ、小学校さえ入れない子どもたちが多いですよ。

 確かに、彼が言った通り、九龍も厳しいです、自治州は十八の県のなかで、道路が一番遅く開通したのが九龍です、文化的にも、経済的にもほかの県より遅れています。人間の共通点はみんな自分の故郷をよくしようという考え、義務、あるではないてしょうか、もちろん、わたくしもそう思っています。できれば、わたくしも自分の故郷で小学校をつくりたいです。

 われわれ基金会はチベット高原に住む学校に入れない子どもたちに最低限の教育をさせるために成立したもので、いまは、うごきだしたばかりなので、まず一つの小学校を建てることを目指しています。われわれが候補地として理塘県を選んだ理由は:第一に、ここはチベットの伝統文化がもっとも色濃く残っているところです、というのはここに住んでいるチベット族の人たちは自分の文化をすごく大切にしています;第二に、ここの環境は非常に厳しいことです、標高四三〇〇メートル、交通が不便、いままで、外界との交流がほとんどなかった、言語としては、なまりの濃いチベット語しか話せないです、しかも、ここは去年ひどい雪災があって、六十パーセントのヤクを雪災で失ってしまいました。こうした中で、小学校をつくることがここの住民たちのつよい要望なのです。

 今回の小学校予定地視察はわたくしにとってもはじめてです、視察メンバーは全員で十六名、そのなかの二名は高山病で、一人は早めに成都に戻り、もう一人は身体の調子の関係でそれ以上(理塘県の街の標高自体四〇〇〇メートルを越えている)高いところに行く自信がないので、理塘に残りました。

 小学校予定地は理塘県の西北部に位置する曲登郷です、曲登郷は白玉県の昌台区、巴塘県手措拉区と接していて、県城までは一〇〇余キロあります。途中三十余キロの悪い道があり、われわれのバスが通れないので、理塘県の知事がジープ五台を出してくれて、わたくしが乗っている車のドライバは副知事で、さすが十六年間の運転の経験があり、安心でした。

 曲登郷は観光地でもないし、環境も厳しいし、われわれの目的は小学校を建てることですから、べつに、きれいか、どうかのことについてはじめに考えなかったですが、曲登郷に着いたとたん、みんなおどろきました、村の周辺には、花畑になっている草原、まわりは緑の山は、空気が澄んでいて、チベット高原以外では見られない青空、村のすぐそばには小河がゆるやかに流れていて、われわれは目の前の景色に魅了されてしまい、超うれしいです。

 われわれは曲登郷に着いてまもなく、地元の人たちがわれわれのために遊牧民特有の黒いテントをたちまち立ててくれました、昼ご飯は花畑になっている草原に絨毯をひいて、われわれと一緒に来ている県の関係者たちが持ってきたヤクや、豚の肉などで、お茶は地元の人たちが用意してくれました、天気がいいというか、気持ちいいというか、あるいはまわりの景色いいというか、その時の昼ごはんが忘れないくらい美味しかったです。

 昼ごはんを済んで、しばらく休んで、副知事をはじめの関係者たちがわれわれをつれて小学校をたてるためにカットした予定地までご案内していただきました。場所は小河のすぐそば、村の役所の裏側、長さは一〇〇メートル余り、幅は一〇〇メートル弱で、とっても便利なところです。

 小学校予定地を見学したあと、わたちたちはいくつのチベット族の家を訪ねました、いま、一番印象に残したのは、三人兄妹の家を訪ねたのことです、三人兄妹は全部女の子です、うえのこは十三歳その次は五歳と三歳のかわいい子です、十三歳の年齢で、普通はもう小学校六年生か、中学校一年生であるはずだけど、ここは、学校がないため、学校で勉強したくても、できません。その時、三人兄妹のお母さんはわたしたちに:いままで、われわれは放牧して、天候におまかして生きて来ました、去年はひどい雪災にあって、五、六十頭のヤクが全部失ってしまいました、やはり、天候におまかすより、子どもたちに教育させたほうがいいで、これから、借金しても、子どもたちに学校に行かせたいです。わたくしはこの話に感動させて、自分の子ども時代のことも思い出して、なみだが出て来ました、自分の経験で、本当に、人生というのは、知識を覚えないと将来の明るさが見えないことに違いないです。

 そう、ひと昔まえ、わたしのチベット族のおばがわたくしに:おまえはいつまでも勉強、勉強、いくら勉強しても、お腹がいっぱいにならないでしょう、まわりの何々さん学校にに入ったこともないのに、いま商売に成功して、お金持ちになっているよ。でも、最近のおばも考え方が変わって、教育・勉強の大切さがようやく分かってきたようです。 

 つい最近まで、チベット族の人たちにとっては、勉強することは貴族の子どもたちのもので、普通の庶民の子どもたちと縁がないことでした、たとえ勉強しても、仏教の教典くらいで、仏教教典の勉強もいいですが、それより、チベットを発展させるためにはもっと広い分野で、自然科学や、社会学などを勉強しないと、世界にますます大きく取り残されてしまいます。そのためには、まず初等教育の確立を第一歩として小学校の建設が望まれているのです。

 もちろん、いまチベット自治区のいくつの大学にもいろいろ勉強できます。それより、厳しいところ、交通の不便なところに住んでいるチベット族ひとたちの意識そのことの大切さに気付くようになれば、とつよく感じています。

 


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――――チベットカム山岳研究同行会 烏里 烏沙 制作・2007年12月15日――――