Gesanmedo ――Tibetan Highlands Elementary School Construction Fund NPO

 

「東チベット紀行 仙境を行く」

――渡辺 千昭

 

 本文は山岳写真家渡辺千昭氏が二〇〇〇年九月一五日から九月一九日までの『山梨新聞』紙面に五回連載でカラー写真と共に発表したもののうち文章のみを抜粋転載したものである

 

@ ゲレ雪山山群

民族の心のよりどころ

 中国四川省西南部の辺境に位置するゲレ自然生態保護区は、標高四千〜六千メートルの高みに、独特の雪峰、氷河、湖沼、渓谷、滝、草原、原生林などが複雑な地形を形成し広がる山地。昔ながらの豊かな自然がそのまま現存して息づいている仙境である。 

 その山城の背骨をなすのがゲレ雪山山群。万年雪をいただいた優美な山容をそばだてる主峰のゲレ雪山(六二二四メートル)は、チベット民族の信仰の対象として崇拝され、心のよりどころともなっている聖山だ。

 山の基部、標高四八〇〇メートルの地点には、開基から八百数十年を経ているといわれる冷谷(レンゴク)寺があり、山中につけられ細々とした巡礼路が寺へと延びる。チベット仏教徒にとっての聖地、巡礼のメッカになっている所でもある。今夏、かねてより思いをはせていたこの地にチャンスを得て入山することができた。

 山小屋などの宿泊施設もなく、地形図とてない現地への入山にはしっかりとした案内人が必要ということで、チベット民族の彭措(ブエンツォ)さん(四〇)をお願いして山に向かった。

 理塘の街から登山口の熱柯(ジェイコ)郷までは七十キロ程。ぬかるみ、凸凹、石ころ、急坂などが続く道は想像も絶する悪路で、四輪駆動車オンリーのダートコースだ。途中五千メートルを超える鍛冶屋三兄弟峰を越え、四千キロ級の大草原の起伏をいくつも乗り越えて熱柯郷に到着したのは、日が傾き始める午後五時近くであった。

 

A 熱柯郷の餓多村

斜面に三五軒の民家点在

 ゲレ雪山登山口の熱柯郷は標高四千メートル、熱柯川沿いに開けたチベット民族の

集落だ。われわれは郷のいちばん手前に位置する餓多(オウド)村の羊措(ヤンツオ)家に民泊をした。村の人口は約三百人。麦の穂がたわわに実る山間の斜面に三十五軒ほどの民家が点在し、農業、牧畜、林業などを生業としている山里である。

 羊措家は三十六人の人家族。家族の一人は現在、白玉県の知事をしているというこの地の名家である。夏の季節はマツタケ採りのシーズンとあって、家族の多くは山に泊まりがけで出掛けていて、二人の老人と十七歳の青年がわれわれの世話に当たってくれた。石と木材などで作られた家屋は大きく、しっかりとできている。一階は家畜部屋、二階が居住空間で家具や調度なども立派なものが多い。

 ガイドの彭措さんも熱柯郷の出身、馬方の白馬(ヘマ)さん(三八)は羊措家の親せき、馬方助手の羅布(ロブ)君(一七)はここの家人というわけで三人とも旧知の仲。人山中はチームワークよろしくわれわれに同行し、世話をしてくれた。

 当家には下山時にも一泊お世話になったのだが、その夜の宴は楽しいものとなった。とりわけ、彭措さん、白馬さん、羅布君の三人による一糸乱れぬダイナミックなチベット民舞と優しい胡弓の音色は素晴らしく、今も強く印象に残っている。

 

B 雪上のレンダ放牧場

ゲレの主峰望む景勝地

 このトレッキング一番のハイライトはイラ力山稜・四千二百メートルの峠からの眺望

である。色とりどりに咲き競う高根の花々を前景にして、万年雪のびょうぶをそばだてるゲレ山群のパノラマはまさに圧巻一言だ。

 峠から宿泊予定地のレング牧場までは四千メートル級の山ひだをいくつも乗り越えていかなければならない。小集落のライカド村に下り着き、そこから冷曲(レンチョ)川沿いに上流に向かっていくと目的の放牧場に着く。

 高度およそ四千二百メートル。辺りに広がる草原にはヤク(高山牛)や羊、馬が放牧され、草木が茂る丘の向こうにはゲレの主峰を間近に望むことができる景勝地でもある。

 ここには夏の間、布加(ブジャ)さん一家九人が二張りのゲル(天幕)で放牧牛活を送っていた。われわれはその一張りに投宿させてもらうことになり、この地で二泊の天幕生活を体験した。

 牧場での朝一番の仕事は奥さんと二人の娘さんによるヤクの乳搾りだ。手際よい手つきで何頭もの搾乳をこなしていく様子は見ていて小気味がいい。それが終わると家畜の世話や家事、放牧と幼児までもが一緒に協力してよく働く。

 ヤクの乳はヨーグルトやバター、チーズなどにも加工されるのだが、しぼりたての乳を沸かして飲むと新鮮なうえにコクがあって実においしかった。

 

C 雪域の山寺「冷谷寺」

風雪に耐える信仰の場

 切り立つ谷では岩をかむ激流、広い河原では蛇行し緩やかな清流となって流れる冷曲(レンチョ)川。その流れに沿う小道を上流に進んでいくと冷谷(レンコク)寺に着く。

 寺はゲレ雪山北東面基郁、冷曲川を挟んだ対岸の斜面、およそ四千八百メートルの高地に建てられている。この位置からはゲレ主峰の山頂は見えないが、そそり立つ山肌と山上の雪りょうが視界にとらえられる。

 寺の開基は古く、今から八百数十年も前に第一世ジャカマバによって創建されたといわれる。二十年ほど前に建て替えられたという本堂を中心に、周囲には僧りょや信者のチベット式部屋が集落を成している。夏は二百五十人ほどの人々が信仰を中心とした生活を過ごし、冬には五十人ほどの僧が越冬して寺を守っている。

 われわれは僧りょの家の一軒で一夜を過ごした翌日、高僧・桑珠さん(七〇)の案内で寺を拝観した。大きく広い本堂、天井や壁画、太い柱、梁(はり)などはチペヅト特有の鮮やかな色どりで彩色され見事である。本堂正面には何体もの仏像や現世ダライ・ラマの写真、生き仏だちの写真などが祭られている。堂内には僧が唱える読経が流れ、だいだい色の灯明が厳かな雰囲気を釀し出している。

 階上にある生き仏の部屋や寺宝となっている大きな貝の化石、シカの角などを見学した後、外の広場に出て出会った青年僧の一人にレンズを向けた。俗世を離れたこの仙境で生命哲学と成仏の道を求めて業を積む僧の精かんな顔と澄んだひとみに私は写欲を覚え、思わずだて続けにシャッターを落としていた。

 

D 標高4000メートルを超す理塘県 

教育施設の整備が課題

 

 理塘県は四川省の西部、甘孜チペヅト自治州の西南部に位置する面積一万四千百八十二平方キロ、人口五万人(94%がチベット族)、標高四千メートルを超える高原と山の地域である。自然条件が厳しく、交通の不便な奥地に点在する集落には、小学校などの教育施設がなく、未就学児童が多いのが現状である。

 私は、当エリアにも比較的近い九龍出身で日本在住の若い友人・鳥里鳥沙(李靖)君の懇請を受け、昨年から「ちべっと高原初等教育・建設基金会」(理事長=鳥里鳥沙)の理事に名を連ね、これまで、できることから現地教育への支援活動を行ってきた。

 基金会は今年四月には特定非営利活動法人(NPO)として東京都から認可され、活動にもさらに力が入れられた。今夏、理塘を訪れた際には、日本で皆さんから預かった善意の募金五十万円を第一回分として理塘県知事・四郎澤仁氏に直接手渡すことができた。

 会の今後の活動としては、県境のへき地・曲登郷(四千三百メートル)の小学校建設ブラン(予算約八百万円)、現在理塘市街の中心地に建設中の寄宿舎付き小学校の一教室を曲登郷の子供用として購入、割り当ててもらうプラン(予算約四百五十万円)があり、両ブランを検討の上、どちらかに絞ってその実現を目指していく。しかしボランティア活動による募金目標のハードルは高く険しいものがある。この活動に賛同いただける人たちのアクセス、協力を歓迎する。(山岳写真家、若草町出身)

〈おわり〉

 


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――――チベットカム山岳研究同行会 烏里 烏沙 制作・2007年12月15日――――