ヤルン・ツァンポー川の植物

 

 チベットは荒涼とした不毛の高原地帯と思われがちだが、そのイメージは北西部に広がるチャンタン高原のものに過ぎない、東部と南部には原始林の生い茂る大地があり、まるでスイスの山国のような風景が見られる。青海省の昆崙山脈を源とする揚子江はこの辺りでは金沙江として南に流れ、チベット自治区と四川省の境界となっている。聖山カイラスと聖湖マナサロワールの近くの馬泉口を源とするヤルン・ツァンポ河は、ヒマラヤ山脈の北を真東に約1600km流れ、チベット東部でU字に屈曲してさらに1300km流れてインドでプラマプトラ河に名を変え、ガンジス河と合流しベンガル湾に流入する。その大屈曲点がヒマラヤ山脈の東端とされている。この二大河川の間にはメコン川(瀾滄江)、サルウィン川(怒江)などのアジアの大河が南北に流れている。

 とくにヤルン・ツァンポ大峡谷は、ヒマラヤを切り開くように続いているため、インド洋の季節風によって運ばれる水蒸気がチベット高原に入る最大の通り道になっている。大峡谷に沿ってこの通路があることから、熱帯山地に属するチベット東南部の6つの緯度に緑の世界が出現した。東北地方と雲南省に次ぐ国内第三の森林地帯で、高原の生物種は60〜70%が大峡谷に集中、ここでは寒冷凍結地帯から熱帯季節風雨林地帯まで、垂直の自然帯が最も完ぺきな形で残っている。季節風型海洋性の氷河、河床の四大爆布、何段あたりの流水量が世界最大の水力資源‥‥‥。世界で最も緑豊かな峡谷であり、世界のほかの有名な峡谷にはみられないものだ。

 チベットは植物大王国ともいわれ、高山植物が六千余種もある。ヤルン・ツァンポ大峡谷周辺の固有植物だけで雲南省全部の固有植物に匹敵するといわれる。

 この辺は有数の多雨地帯であり、植物とヒマラヤ脊梁山脈の植物が連続して分布するとともに、雨陰になった斜面には乾燥したチベット高地に固有の植物も多く見られる。属のレベルではボンボリトウヒレンなどのトウヒレン属のほかに、ウスユキソウ属やクレマントデイウム属、キアナントゥス属、シオガマギク属、リンドウ属、サクラソウ属、トチナイソウ属、ツツジ属(シャクナゲ類)、キジムシロ属、ユキノシタ属、イワベンケイ属、メコノプシス属、キケマン属、トリカブト属、オオヒェンソウ属、マンテマ属、ノミノツヅリ属などの種類の豊富さが、この地域の特徴である。

 チベット自治区東部だけで広く、高山植物を楽しめる場所は多いが、ここで簡単に行けるようなところをいくつかを紹介しよう。

 ヤルン・ツァンポ右岸にある朗県から南の山道に入ることができれば、ツァリ谷とは尾根を隔てて北の谷にあるツォブナンやツォバーバなどの高山の湖を訪ねることができ、それらの周辺の礫質斜面でプリムラ・ベリティブオリアやフリティラリァ・フスカなどの珍しい花を見ることができる。

 ヒマラヤ脊梁山脈の東端に位置するナムチャバルフはヤルン・ツァンポの屈曲部の内側にあり、ヤルン・ツァンポを間にはさんで、北岸にはギャラペリが対時する。ギャラペリからヤルン・ツァンポに沿って南西に派生する山地には、かつてキングドン・ウォードらが探索したいくつかの峠道があり、峠付近で青いケシの仲間のメコノプシスをはじめ、フォリアやスペキオサ、プセウドィン・テグリフォリアの変種ロブスタなどが見られる。現在は川藏南路が通る色斉拉付近で、それらの花を簡単に観察できる。

 ナムチャバルフ山塊に入るには、米林でヤルン・ツァンポの南岸に渡り、ヒマラヤ脊梁山脈の氷河が迫るヤルン・ツァンポ沿いの難路をジープかトラックで下らなければならない。ナムチャバルフのべ一スキャンプといわれるチティンタンカから、南東に樹林下の道を登ると、登頂のための高所キャンプ地に着く。途中、高山帯下部の湿った草地にはプリムラ・イオエッサの大群落がある。波密から林芝あたりでは、川藏南路を走りながら高山植物を簡単に見られるが、植物としては、草本だけではなく、木本類もいっぱい楽しめる。ただこの地域の高度が低く、湿度も高いので、道路両側の森に入る時、ひるに注意すべきである。

 そして、波密からチベットへ唯一車の通れる県である墨脱県に向かう途中からクツ瓦龍天池まで、ツツジ属(シャクナゲ類)をはじめ、アブラナ属、アヤメ属、キイチゴ属、キク属、キンポウゲ属、ケシ属、ケマンソウ属、サクラソウ属、セリ属、ナデシコ属、ベンケイソウ属、ムラサキ属、ユキノシタ属、ユリ属、ラン属、リンドウ属を十分に楽しめる。

 また波密からしばらく川藏公路に沿って、20kmの分け道に入り、玉仁郷則普氷河の付近では、ツツジ属(シャクナゲ類)、イワタバコ属、ゴマノハグサ属、サクラソウ属、ショウガ属、スミレ属、ベンケイソウ属、ムラサキ属、ユキノシタ属、リンドウ属などを見ることができ、牧場や氷河も素晴らしい。

 波密の東にある松宗の近くでは、朗秋村があり、四輪駆動車で朗秋村まで、朗秋村辺りでは、メギ科のシノポドフィルム・ヘクサンドルムが点在し、村から氷河への途中、アヤメ属、キク属、ゴマノハグサ属、サクラソウ属、ショウガ属、セリ属、タデ属、ツツジ属、ナデシコ属、バラ属、フウロソウ属、ユリ属、ラン属、リンドウ属などを見ることができる。

 チベットの植物は実に豊富で、植物についての研究も近年はじまったばかりで、調査する地域も限られているので、これからは調査に従って、もっともっと新種や新分布が追加されることを信じている。

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―――チベットカム山岳研究同好会・最終更新日:2009年2月26日―――