なつかしい子ども時代の暮らし  写真提供:吉烏阿瑛

 

涼山彝族松明祭

 翌日、朝10時からの美人コンテスト会場は、昨日と同じく民族広場です。10時前というのに、観客が既に大勢来ています。彝族美人コンテストは、松明祭りには欠かせないもので、松明祭りが最も盛り上がるプログラムです。民族により、美人の基準は異なります。日本人も、中国の漢民族も、美人の肌は白が好まれるようですが、彝族では黄色い肌のほうが美人と思われています。審査委員会を構成するのは、昔は各部族の信頼できる首領たちだったが、いまは、地域の役人や、作家、画家、デザイナーなども含まれています。彝族の美人を選ぶ基準は、容姿に優れ、スタイルがよく、やや赤くしなやかな肌で、品があり、そして優雅でなければなりません。しかも歌えて、踊り上手。さらに人との応対よく、葬族の歴史、伝説、家譜、諺にも通じているほか、本人の属する家族や親類の地位も重視されますから、確かにコンテストの基準はかなり厳しいものです。

 美人コンテストは、先進国の人々からみれば抵抗感がありますが、面白いのは、彝族では、美女を選ぶばかりでなく、美男も選ぶことです。それは昔からの習慣で、既に彝族文化の一部になっています。また今では、涼山の美人コンテストに参加するのは彝族に限らず、ほかの民族の参加もでき、地域も涼山州だけでなく、雲南や貴州から来ている選手もいます。

 今回美人コンテストに出る選手は男女共に数十人です、予選を通ってから、男女それぞれ、十数人ほど残り、決勝を待つ。

 優秀したのは地元2人と美姑からの1人です。話しは変わりますが、美姑県は普格県から北へ100キロのところに位置しており、これまで、自治州主催の美人コンテストで優勝したのは全部美姑県からの選手です。地元の人の話しでは、美姑県から選手が参加すると、ほかのところの選手が選ばれるチャンスがほとんどないので、美姑からの選手は参加させないようにするべきだという意見も出ているそうで、でも、それはもちろん不可能な話です。

 2時ごろから闘鶏、闘羊、闘牛、そして競馬が始まります。闘鶏、闘羊、闘牛は前回で簡単に紹介しましたので省きましょう。ここで、彝族の相撲と競馬について簡単に紹介します。

 火把節では相撲、闘牛、競馬など競技の中で、男性の雄々しい美しさが示す絶好の場であり、その中には相撲は人間の身体と身体との直接競技で、しかもおとこに限られて、人気があるはず、相撲は彝語で「ヴアジ」といいます、地方により、相撲のとり方も違います、ある地方は相手を地面に倒したら勝ちます、ある地方は双肩と頭先に地を触れたら勝ちます。

 彝族の伝説の松明祭りの由来も、人間の英雄ヘティラバが、天神が派遣してきた大力士ティウオライに戦いを挑戦して勝ったから、天神が怒って、罰として田野に害虫を送りこんだ話しがあったから、彝族の相撲の歴史も古いということがわかると思います。

 相撲は民族広場の中央でおこなわれます。日本みたいに土俵はなく、赤いじゅうたんか、厚めの布が地面に敷かれてその上で競技します。ルールは地方によって異なりますが、涼山では、さまざまなルールがあります、たとえば、足をつかって相手を引っ掛けて倒したり、相手の衣装を掴んだり、ちからをいれて、手で相手を押し倒すなどは許せない、更に観客にルールを知らないねと笑われます。選手たちは取り組んで相手を地面に倒したら勝ちです。2番先に取ったら、2回戦に進めます。勝負は3回で決め、3:0と2:1の勝ちです。何十人もの男たちの奮闘振りが目立ちますが、相撲と同時に、競馬(イ語でムジ)も開催されており、競馬のほうが面白く、観客の目は自然に走っている馬に向けられてしまい、相撲の観客は少ないです。

 競馬はチベット族の競馬祭とかなり違って、チベット族の競馬自体は祭りになっており、そのあいだに民族舞踊などの催しも入れてありますが、彝族の競馬はただ松明祭りの中の1つのプログラムです、最近、松明祭りは広場で行なう傾向があることで、競馬も広場で競技します。

 今日、参加している選手は20代未満な少年が多く、優秀した選手も15、6才でした。多分その少年の体重は軽くて、馬もわりと速く走れるのでしょう。

 今日の競馬は速度競馬だけで、わりと早く終わったけど、実に彝族の人たちが速度競馬(彝語はダァツォン)より、並み足(彝語はシァォツォン)で走ったほうは人気があります、うまい人はお酒が入っているサカズキを片手で持ちながら、走っていく、しかも、お酒がこぼさないです、競馬の歴史も古いです、彝族史詩「レヴォテェイ」にも英雄ジカアロが馬に乗って恋人にあいに行くという話があります。彝族のことわざに「馬の価値人間に匹敵する」とありますが、涼山の彝族は貧富と関係なく、昔から馬を飼う習慣があり、乗馬も子ども時代から慣れています。

 私が夢中になって写真のシャッターを押していて、ふと気が付くと何時の間にか、観客がだんだん少なくなってきています。私と同じように写真を撮っている人の話しでは、「今晩はここで松明祭りをするので、今はみんな戻って食事をしているところです」とのこと。

 わたしも簡単に食事を済ませ、また民族広場に向かいます。途中ところどころに松明を売っている彝族の少女とおばあちゃんたち、わたしはそのうちの1人に声を掛けてみました。松明1本1元とのことでした。私は写真撮影で、松明に火をつけて遊ぶ時間はないのですが、考えてみれば、山で松明を切って、1束1束に纏め、街まで運んできて、ただの1元(日本円で15円くらい)で売るわけです。おまけに、これらは全部売れるのでしょうか、いろいろ考えているうち民族広場に着きました。辺りは暗くなり、街から、広場の四方の山々からやって来る人々は松明を片手に持ちながら、広場を練り歩いています。鮮やかな線となった炎が、夜空を駆け巡り、遠く、目の届かないところまで続いています。

 松明祭りの夜は彝族の“狂歓節”(カーニバル)とも言え、彝族の若者の“情人節”(バレンタイン・デー)とも言えます。民族広場の真中で、金、木、水、火、土と五行の順で5つの焚き火が燃えて、少年男女たちはみんな焚き火を囲んで、ダティ舞を踊り始め、男女向かい合って歌もはじまり、まさに若者の天下です。娘たちは華やかな服装を纏い、心ゆくまで歌ったり踊ったりしています。青年たちは一生懸命に目を凝らし、好みの娘を見つけると、その踊りの列に飛び込んでモーションを掛けます。若し男女ともお互いが気に入れば、二人は静かで落ち着いた場所に移って行きます。

 民族広場のほうは、あいかわらず、タイマツが次々と焚き火に投げ込まれ、篝火が煌々と燃え、あたりを煙々と照らして、炎が人びとの気持ちを昂ぶらせます。ときおり枝が火に弾けて、パチンと鳴ります。いつしか人びとは手に手を取って、火を囲む踊りの輪が広がり、激しい踊り、ダティ舞のリズムのなかに身を溶かしていき、踊りながら歌っている声も、夜の空に吸い込まれ、地面を踏み鳴らす音も、深夜まで続いて行きます。

 燃え上がる松明の祭りは、豊作を祈り、無病息災を願う儀式でもあります。

 

 

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―――チベットカム山岳研究同好会・最終更新日:2009年2月26日―――